たびのおとも

愛知県知多半島を一周する約194kmの巡礼「知多四国八十八ヵ所めぐり」ガイド

結願 興正寺(こうしょうじ)【名古屋市】

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高野山真言宗 八事山 興正寺

名古屋市昭和区八事本町78番地

 

尾張高野で願いを結ぶ

 

知多四国88ヵ所、番外を含む98ヵ所の結願(けちがん)寺です。四国霊場を巡礼したとき結願として高野山を訪れますが、それに匹敵する別格本山、尾張高野。お寺の象徴の五重塔や、その奥に建つ本堂を仰ぐと身の引き締まる思いです。元禄元年(1688)、尾張藩2代藩主・徳川光友が創建。境内は東西の二山に分かれ、東山遍照院には奥之院・大日堂・弘法堂など、西山普門院には本堂・五重塔観音堂などがあります。春の桜、秋の紅葉をはじめ、椿、山茶花など四季の風景も楽しみの一つ。

 

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お遍路さんを迎える修行大師像

 

88番札所 円通寺(えんつうじ)【大府市】

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曹洞宗 瑞木山 円通寺

大府市共和町小仏67番地

 

すべての欲望を断つ馬頭観音

 

いよいよ知多四国霊場最後の札所。道のりは長かったような短かったような、と誰もがこれまでを振り返る場所です。天平元年(729)行基菩薩によって開創されました。天慶2年(939)天慶の乱建武2年(1336)建武の乱で堂塔を焼失しますが、貞和4年(1343)夢想国師が再建して中興開山に。応永8年(1401)に現在地へ移転しました。ご本尊は行基菩薩が刻んだとされる「馬頭観世音菩薩」。チェスのナイトのような馬頭を頭に乗せて怒りの形相で睨みむ観音様です。怒りの激しさで人の苦しみを救い、心や体を悩ませるすべての欲望を断じる功徳が。腰から下の病気を除く「鳥蒭沙摩(うすさま)明王」のお札も受けられます。不浄を転じて清浄にする仏様なので不浄な場所…お手洗いに。

 

→3km 87番札所 長寿寺へ

87番札所 長寿寺(ちょうじゅじ)【名古屋市】

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臨済宗 鷲津山 長寿寺

名古屋市緑区大高町字鷲津山13番地

 

キツネ効果で商売繁盛

 

山門から本堂へスッとのびる参道、その脇の庭園。境内にあるものそれぞれが無駄なく、いい景観を創り出しています。開創当時は真言宗で「長祐寺」という寺号だったと伝わっていますが、桶狭間の戦い(1560)や明治21年(1888)の火災で記録が焼失しているため定かではありません。尾張藩の家老・志水甲斐守忠継の母・長寿院殿橘氏源操尼公の遺命によって再興されました。宗派は「黄檗宗」、寺号は尼公の院号から「長寿寺」に。その後、元禄4年(1691)京都洛北の興聖寺から石梯道雲を迎えて「臨済宗永源寺派」に改め、昭和54年(1979)現在地に移転しました。毎年3月8日の大祭でおなじみの「高蔵坊稲荷」は、お寺の荒廃ぶりに嘆いていた住職を思いやり、住職に化けて関東地方一軒一軒の民家に霊験を説いてまわったという狐が祀られています。結果、まもなく引きもきらない参拝者が訪れ、念願の本堂を再建、ご本尊の修理も出来てめでたしめでたし。

 

名古屋市昭和区八事の結願 興正寺

86番札所 観音寺(かんのんじ)【東海市】

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真言宗智山派 大悲山 観音寺

  • 御本尊/聖観世音菩薩
  • 開基/不詳
  • 開山/昌増法印(中興)

東海市荒尾町仏供田45番地

 

除災招福を願う参拝者が続々

 

境内から海浜が眺められたというのは、昔の話。今は埋め立てられたあとの工業地帯が広がっていますが、姿を変えずお遍路さんを迎えてくれるお寺は、いつの時代も心の休息所です。文永3年(1266)の創建からおよそ280年後の天文年間(1532~1555)昌増法印によって再興され、伽藍が整えられたものの火災で焼失。その後、天正13年(1585)名古屋市中区大須の宝生院・鏡融法院の助力を得て再興されました。後柏原天皇の勅願所や豊臣秀頼祈願寺となった歴史もあり、その隆盛ぶりにあやかろうと除災招福を願って参拝に訪れる人が後を絶たなっかたといいます。幕末の儒者・細井平州が、ここで勉学に励んだ時期もありました。毎年8月10日、青竹の先に下がった提灯をもぎ取る「提灯祭」が行われることで有名。

 

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草紙懸けの松

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大楠

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→1.6km 85番札所へ

85番札所 清水寺(せいすいじ)【東海市】

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浄土宗 慈悲山 清水寺

  • 御本尊/聖観世音菩薩
  • 開基/不詳
  • 開山/順蓮社清誉浄和比丘

東海市荒尾町西川60番地

 

日照りにも渇かない龍神

 

元禄8年(1695)村の庄屋・六兵衛の家が大火で全焼したとき、村人たちは二度と火災が起きないようにと当時お寺があった荒尾町丸根から観音様を迎えて堂宇を建立。それが現在の清水寺です。観音様を迎えて以来、町内には火難がなく“火防せの観音様”として信仰され続けています。ご本尊の「聖観世音菩薩」は、伝教大師作の秘仏で市指定文化財。寺号は霊水として宮中に献上された“清水”の湧く井戸がお寺の西南近くにあったことに由来しています(残念ながら現在はありません)。

 

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じぶんの患部と像を交互に撫でてご利益の「びんずる様」

 

→1.5km 84番札所 玄猷寺へ

83番札所 彌勒寺(みろくじ)【東海市】

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真言宗智山派 待暁山 彌勒寺

東海市大田町寺下4番地

 

ぐるぐる回って願いを成就

 

天平勝宝元年(749)行基菩薩によって開創。当時は一山6ヵ寺を擁して七堂伽藍を構えていました。関ヶ原合戦で鳥羽城主・九鬼氏が上陸して付近一帯が兵火につつまれ、彌勒寺もご本尊の仁王像を残して焼失。その後、尾張藩主・徳川光友の寄進で再興されました。境内中央には八角形のご宝塔があり、「その供養法力は神力無窮利益無辺で一切の願い事を満たす」と教典にも書かれている、現世利益祈願の供養塔「宝篋印塔」が祀られています。参拝は宝篋印塔のまわりを右回りに3、7、21、または歳の数だけ気のすむまでぐるぐる回り続けるという珍しい方法。心と体でしっかり祈願して帰ります。縁日は毎月1日と8日で、ご祈祷を受ける人が大勢集まります。知多四国霊場を開創した一人・武田安兵衛の杖もあります。

 

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静かに撫ぜると身にまつわる因縁や悪運を防ぐという「五鈷杵」


→2.7km 86番札所 観音寺へ

※ここからは83番→86番→85番→84番→5番→88番→87番と進むのがおすすめです。

 

 

82番札所 観福寺(かんぷくじ)【東海市】

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天台宗 雨尾山 観福寺

  • 御本尊/十一面観世音菩薩
  • 開基/行基菩薩
  • 開山/不詳

東海市大田町天神下ノ上5番地

 

椿の枝にひのきが芽吹いた奇跡

 

43番札所・岩屋寺、61番札所・高讃寺と並ぶ知多三山の一つ。山門の両脇には、カッと目を開いた“あ”“うん”の仁王像が構えています。大宝2年(702)行基菩薩によって開創。盛衰を繰り返して宝徳2年(1450)に再建されました。さらに寛文5年(1665)には尾張藩主・徳川光友の帰依によって堂宇を建立。300年後の伊勢湾台風で被害を被りましたが、昭和40年(1965)に復興を遂げました。境内では愛知県の名木・椎も見どころですが、知多四国開創者の亮山阿闍梨が立ち寄った際、「行く末、きっと珍しいことが起こるだろう」と告げて記念に植えていった紅白の椿は別格。160年後に青々とした椿の枝に桧が芽吹く奇跡が起きました。ご本尊を安置する宮殿は、国の重要文化財。ご本尊および脇士2体、絵画など7点が市の文化財

 

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亮山阿闍梨お手植えの椿

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→1.5km 83番札所 弥勒寺へ